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プロフィール

生年月日 経歴 役職・所属 著書
生年月日
生年月日 昭和22年1月31日
本籍 茨城県水戸市南町3-4-7
現住所 茨城県水戸市見和2-202-7
血液型 O型
経歴
昭和22年 1月31日、茨城県水戸市南町に生まれる
昭和37年 水戸市立第二中学校卒業
昭和40年 茨城県立水戸商業高等学校卒業
昭和44年 立命館大学 産業社会学部卒業
昭和49年 参議院議員 岩上妙子秘書
昭和53年 参議院議員 岩上二郎秘書
昭和61年 茨城県議会議員選挙(水戸市選挙区)において初当選
平成元年 茨城県議会広報副委員長に就任
平成02年 茨城県議会議員選挙(水戸市選挙区)再選
平成03年 茨城県議会農林水産副委員長に就任
平成05年 茨城県議会総務企画副委員長に就任
平成05年 水戸市長選挙において初当選(第17代水戸市長)
平成09年 水戸市長選挙 再選(二期)
平成13年 水戸市長選挙 三選(三期)
平成15年 参議院茨城県選挙区選出議員補欠選挙において初当選
平成16年 参議院議員通常選挙茨城県選挙区において当選(二期) 583,471票
平成17年 厚生労働大臣政務官
平成18年 参議院自民党副幹事長
平成19年 参議院内閣委員長
平成20年 内閣委員会理事
役職・所属
参議院役職 内閣委員会 理事
自民党役職 内閣部 会長
組織対策本部生活安全関係団体 委員長
組織対策本部団体総局 次長
国家戦略ビジョン策定委員会 副委員長
行政改革推進本部 幹事
その他の役職 日本抜刀道連盟 会長
茨城県トライアスロン協会 会長
茨城県なぎなた連盟 会長
茨城県少林寺拳法連盟 顧問
茨城県水泳連盟 顧問
水戸東武館 理事長
社団法人 日本パワーリフティング協会参与
茨城県パワーリフティング協会会長
茨城県レクリエーション協会 会長
著書
「上善水の如し」
「続 上善水の如し」
「上善水の如し 第三集」
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家業は饅頭屋

1947年(昭和22年)1月31日に茨城県水戸市南町で和菓子屋を営む父、岡田常蔵、母、たかの長男(三兄弟)として生まれました。両親が仕事をしているため、弟たちの面倒を見るなど小さい頃から自立?した子供でした。
家は水戸市のメインストリートに面していたため、すぐ近くにあった弘道館公園や夏は那珂川の水場で水泳をしたりして遊んでいました。

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学 歴
小学校は水戸駅前にあり、家の近所の水戸市立三の丸小学校へ通いました。三の丸小学校の建っている場所は、江戸時代には、水戸藩の学校である弘道館があったところです。ちょうど弘道館の医学館のあたりでした。弘道館は徳川斉昭公により1841年に創設され、藩士に文武両道の修練を積ませようと武芸一般はもとより、医学・薬学・天文学・蘭学など幅広い学問を取り入れました。現在も一部分が保存され、旧弘道館として国の特別史跡になっているほか、正庁、至善堂、正門の三ヶ所は重要文化財に指定されています。

中学校も近所の水戸市立第二中学校に通いました。そこは水戸城の二の丸があった場所で校庭には歴史的な石碑があります。高台にあるため那珂川の清流を一望することができる素晴らしいところです。

生家が商売を営んでいた関係もあり、高校は茨城県立水戸商業高校に進学しました。在学中な応援団長として応援団や生徒の先頭に立つバンカラ学生でした。卒業生には元プロ野球選手の豊田泰光さんや巨人で活躍したデーブ大久保さん、阪神からヤンキーズに移籍した井川慶選手、俳優の渡辺裕之さんがいます。

大学は、家から遠く離れた京都の立命館大学産業社会学部に進学しました。このころの私は長男にもかかわらず生家の和菓子屋を継ぐことは一切考えていませんでした。狭い日本から飛び出し、世界を旅したいということしか頭になく大学4年生の時に普通免許二種を取り、タクシーの運転手のアルバイトをはじめました。卒業真下にやっと30万円が貯まり、卒業したその年の夏、世界青少年交流協会が募集した英国派遣の試験に合格し、念願の海外行きが決定。イギリス、ベルギー、ドイツ、スイスと回り、見るもの全てに感動したことを今でも覚えています。その後もタクシーの運転手のアルバイトをし、お金が貯まればインド、旧ソ連などを旅する日々が4年間続きました。しばらくぶりに実家に戻ると茨城県で国体が開かれるということでアナウンサーの募集があり、応募すると見事合格。この国体がその後の私の人生を決めることになるとは思いもしませんでした。私が政治の師と仰ぐ茨城県知事から参議院議員となった岩上二郎先生との出会いでありました。
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経 歴
岩上二郎先生は瓜連町農協の組合長から茨城県知事となり、参議院議員になった方です。何事にもまっすぐで理論派ではありましたが、一本筋が通った情熱的な人でした。その姿を間下で見て、学んで、私もいつか岩上先生のような政治家になりたいと思うようになりました。昭和61年12月に茨城県議会議員選挙があり39歳で立候補し、当選を果たすことができました。自民党茨城県連の青年局長、遊説局長として街頭で政策を訴える一方、困ったことがあっても政治家に相談しに行けない人がいることを知り、それならば私から足を運んで話を聞く、御用聞き政治を始めました。

県議二期の任期途中の平成5年に水戸市長選挙に立候補しました。選挙のキャッチフレーズはストレートに「好きです 水戸」でした。おかげさまで市民の方々からご支持をいただき、水戸市長に就任いたしました。在任中には歴史と伝統に恵まれ自然豊かな郷土を愛し、子どもから大人までの誰もが、生涯において学ぶことができ、互いを支えあえる社会になるように水戸市制110年の平成11年11月11日に生涯学習都市宣言しました。生涯学習は参議院議員になった今でも重要な課題だと思っています。

その後平成15年に行われた参議院茨城県選挙区の補欠選挙において初当選し、翌16年の参議院通常選挙で当選することができました。康生労働大臣政務官、参議院自民党副幹事長、参議院内閣委員長、自民党内閣部会長などの役職に就き、現在は自民党茨城県連会長として一生懸命頑張っているところです。

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